2026/10/06 15:55
私についてですが、S611.9.16生まれの40歳です。
小学1年生から高校生まで水泳をやっていて、高校生のある日にボクシングに目覚めました。
上京してあるジムでボクシングをやっていましたが、練習方法を見てこれはどうやったって伸びないなと思ったのですね。
水泳は秒数ごとに心拍数を取ったり、本数でやることが決められたり、なぜやるのか?何に必要なのか?水泳以外のドリル練習なんてことが当たり前でしたが、当時はそれが皆無で全ての練習は3分で追い込むのみ。
語弊を恐れずに言いますと、あるコーチが心拍数を取りながら指導しているのをニュースでは「最新のトレーニング」なんて放送されているのを見て、いやいやいやそれはボクシングが遅れているだけ。と思ってしまったのですねw
水泳はその人の身体的特徴、気質によって専門の泳ぎを変えていくのですが、ボクシングは基礎はこう。それだけでした。
ここでも生意気なMADAーR少年は自分でやったほうが強い選手を作れると思ったのですね。
選手としてではなく、コーチとしてやったほうが自分には合っていると思った瞬間でした。
福島県に帰ってからジムの開業資金を貯めるために水泳のコーチをしながら、それは確信に変わりました。
23歳のときにアマチュアジムを作り、キッズから育てないと間に合わないと思っていたので、キッズクラスに力を入れて活動しました。
1年も経たずに勝率9割以上のキッズクラスが誕生し、出る大会出る大会でほぼ全員勝つジムになったのですね。
そこから33歳まではキッズクラスに力を入れていましたが、1つの世代が卒業して上京し、プロを目指すことをキッカケに急激にボクシングへの情熱を失いダイエットジムに業態変更をしました。
そのダイエットジムでも、ほどなくして圧倒的な結果を出し続けた結果、全国から食トレの依頼が来るまでになりましたが、ダイエットのことはもうわかったし、おデブちゃんは基本的に言い訳の塊なので急激に情熱を失いましたw
そんなときにコロナで対面の商売には限界があると感じ、通販で上記のように飽きない商売はなんだろうか?と考えたのが、以前、自分が考えたミットが今では世界中で使われるようになったミット作りでした。
「今ならもっと良いものを作れる」そういう変体思考ですww
すごく短縮していますが、これがMADA-Rおじさんのこれまでですww
